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誌 友 作 品

松籟集 ∞ 風韻集 ∞ 潮音集、くすのき・あじさい作品


松 籟 集

   ★東 霊女 (志貴野)    ★跡治 順子(富山)
自画像の隅に書き足す烏瓜 うぐいすや蛇口の水を細くして
冬の星ふえるホテルの勝手口 水温む鳥のかたちに軍手干し
寒雷の激しき夜の鴨徳利 ポケットにいささかの銭夕桜
人日や乳房ゆらして菜を刻む 作業唄あるかもしれぬ蟻の列
旅人に空が広がる鴨の湖 冷し酒うすべり敷きの中二階
駄菓子屋に猫の子育つ昼下がり かなかなや目明しのごと路地の猫
覗かれて背伸びし給う甘茶仏 九月くるおとこの腰に笛袋
睡蓮のどれも上向き千恵子抄 手の指を鼻緒に通す小春かな
蚊柱やタルトの飴のはみだして 備前だの志野だのと燗熱うせり
稚児舞の中入りにくる秋の蝶 枯れの駅大きい雲が通りけり
                                   
   ★井出 栄子 (平塚)    ★伊藤 保子 (京橋)
立春の海が見たくて汽車にのる 走りたい赤い椿が落ちそうで
落花浴ぶ五百羅漢といるわたし 張りつめた鎖の先が冷えはじむ
包帯のような思慕とも桃ばたけ 童顔が近ずいてくる八月や
新涼や阿修羅の眉にある翳り 真炎天ふいに銃口こちら向く
麦秋の海にただよう葦の舟 春一番やせたごきぶり落ちてくる
レストランのいちまい硝子揚雲雀 満開の花より上に産着干す
葉ざくらや雨の新聞休刊日 花どきの隅田の川のうねりかな
車夫の背に「風」と染めぬき鵙の天 曇天に触れし噴水落下する
県庁にポール三本つばめ来る 顔ふって虫をよけたる祭かな
文章課に廃棄の書類楠芽吹く 今年酒東京駅で降りにけり
                                   
   ★太田 鈴子 (東京)    ★小川 紫翠 (東京)
猫の眼の運河となりぬ春しぐれ 繃帯に冬陽があたる隅田川
短日や我に返りしすべり台 蛇苺父であること忘れいし
江の電はおもちゃ箱かな日雷 薔薇園の奥まで晴れている時間
荒川は一級河川雲の峰 議事堂の右に落日冬隣
煙突は遺失物なり雁渡る 皮をむく柿に夕日の匂いかな
耳掛けの中でかさこそピカソの眼 遠雷や栞につかう鳥の羽
ジャズを聴く席は夜汽車でありにけり 三月や行進曲に陽があたる
腕組みをして月山の深ねむり 蜩の声揺れている石畳
セロ弾きのゴーシュを探す鯊日和 秋の海軍艦がまだ沈みおり
おきぬけの春のふとんのような奴 母の忌や飲んでもきかぬ風邪薬
                                   
   ★小川 文子 (磯子)    ★小島 こつる (篠山)
少年はプリズム夜明けの春の海 お日さまのような子が来て春隣
風鈴や夢の中まで子守唄 日脚伸ぶ縫針髪でこする癖
文箱から磁気ネックレス広島忌 啓蟄や電車乗り継ぎ海を見に
時の日や十番館のロシアティ 初蝶が越える朱塗りの太鼓橋
再会のロダンの首よ天花粉 でんげ田の戦闘開始グーとパア
籐椅子は母乳の匂い島の昼 カタログでひと日の暮れる花の雨
雲梯やピーターパンの夏帽子 登校の列の乱れやほととぎす
円形の生活グラフ夏の果 荒梅雨やみなに追いつくランドセル
イソップの犬が覗いた夜のプール 白壁に影のふくらむ楓の芽
美容室のきれいな鏡秋立ちぬ 緑風を入れて整う衣紋竹
                                   
   ★金子 八重子(磯子)    ★河原 紀久子 (津山)
狛犬の阿形の口や台風園 花散って平常心をとり戻す
八月の河口に波の乱反射 朧夜のポストを撫でて帰りけり
天邪鬼の口中暗き暑さかな 花水木夢二の女みつけたり
滴りをもろ手に木花開邪姫 枇杷の種とばし戦の話など  
戒壇の蛇しなやかに樹を泳ぐ 種播いて土をやさしく叩きおく
傷ついて天の川より戻りけり 新涼や復元土器の立ち上がる
はたた神裏口少し開けてある 体重でつぶす空箱天高し
似合い過ぎる白装束や草蜉蝣 タクシーに煙草の匂う秋時雨
末法の群れをはずれて渡る雁 霧深し待合室はセピア色
けもの臭い風に背を向け烏瓜 セロテープまとわりつくや十二月
                                   
   ★紀平 節子 (みなと)    ★源田 ひろ江 (新神戸)
蟻走る遅れて迷う蟻いそげ 吾が枕めぐり遭いたる枯野かな
モザイクの街立ち上がる長崎忌 あの世から電話がかかる冬の夜
膝抱いてをりかなかなの木の下で 春隣りわたしの夫は獏である
せみが鳴くまた蝉が鳴く獄の塀 もどり寒めをと語のよく通じる日 
花火師の一人はポニーテールかな 一枚のはがきを買いに雪のバス
多佳子の忌黒一色のワンピース 病院の北春しぐれ南晴れ
狂言や三尺玉の大花火 水温むバス待つ闇のせせらぎに
鞄には歳時記ひとつ雲の峰 春暁のカーテン開く次の世へ
平安の風に揺れたる紅蓮 排泄は命がけなり春あらし
うつし世を終へたる蝉の死骸かな 遺言書空白の儘春の旅
                                   
   ★志水 つい (神戸)    ★新家 保子 (篠山)
てのひらに反るオブラート木の芽どき 一本の歯刷子が立つ良夜かな
春の風ミルクキャラメル黄の箱に 塵に嵩めっぽう減りぬ石蕗の花
川沿いに家川ぞいの遅ざくら 店頭の雑魚から売れる鵙日和
魚屋のまな板厚し祭町 冬銀河離れ座敷へ草履ばき
鮎掛や思わぬ方に昼の月 酒癖のよき淑女たち冬木の芽
ペンキ屋の声炎天の屋根移る 麦踏んで硝煙くさき人となる
雁渡しホテルは湖へ灯をふやす ポケットから巻尺が出る夜のさくら
夕刊ものせ短日の山のバス 少年に刃物の匂い土用波
短日や戻りし家に時計鳴る ガイドブックの頁が折れている晩夏
裏口の不意に暮れいし新豆腐 新涼やさざ波に似し観世音
1
   ★進藤 三千代(宮崎)    ★新保 吉章 (福田)
果物屋花屋地獄のような昏れ くり返し春の日掬う観覧車
鳩時計春がこはれてしまいけり 落語家の目尻を思う春の象
犬の頭の四月の海は水たまり 春の陽を捩じこんでゆく収集車
友達としてロバ欲しき五月かな 鬼平が出て来て深む春の闇
永き日のバケツで海を捨てにゆく 弓形の国の朧や眼鏡拭く
春愁や波来るたびに食っており 薫風や沖から泳ぎつかぬ兵
立ち泳ぎ覚えし金魚竹の春 航跡の崩れ均して夕焼ける
鶏頭の巨き貌して焼かれけり 蟻走る迅さの中で決めており
魚めきし銀貨のおもて夕しぐれ ピカソ来て向日葵一本づつ点す
馬食ってあっけらかんと秋の昼 エンターキイ叩く八月十五日
                                   
  ★長澤 秀花(福岡)     ★三島 章子(みなと)
さかな裂く力をあます春明り 寒行の太鼓遠のく闇の中
重なれば黒ずむ青葉神の樹々 牡丹を見て鎌倉の雨に逢う
薔薇切れば地球儀の海溢れだす 昨日まで恋猫きょうは日向猫
雪の日の目の玉碧く粥すする 蜩や明日は八月十五日
塔堂の花は弥陀より淋しかり 夕焼けや泣きながらガム噛んでおり
酒瓶に生國のあり花の山 爪を研ぐ猫視野にあり巴里祭
徳利のくびれよろしき冬籠り 尼寺に大学ノートこぼれ萩
足音の嚏する時立止まる 後ろから口笛の来る菊日和
駅からは一人で歩く春の雨 木犀の社宅に二年暮らしけり
死ぬ力残して花の世を歩く 葦原に無人の小舟雁渡る
                                   
   ★畑 八重子 (篠山)    ★日置 正次 (横須賀)
たんぽぽの絮毛くずれず昏れにけり 虎落笛宙に祈りの墨をする
炊きたての飯の匂いや明け易し 重心を低くして行く草いきれ
連翹の垣の中より呼ばれけり 春浅くしたぐりきれない縄がある
足跡の一つは深し蝌蚪生まる 菖蒲湯に子宝という貴重品
緑陰の風にハミング子守唄 郭公や黙って降りる駅がある
医院出てパンの匂いの秋日和 ほおずきの袋の中は来世の灯
夕映えの苅田の煙細くなる 稲の花静かに流る地下水脈
塞がれて久しき井戸や花八っ手 大みみず介護の話に至りたる
風花や一歩下がって女行く 自分史のところどころに石榴裂け
石ころにそれぞれの貌冬の川 生きようよ暦の上は春ですよ
                                   
  ★水田 雅吉子 (高知)    ★山内 宜子 (東京)
神主の遅参ともあれ蝌蚪生まるり 革張りの椅子を通りし花前線
桜見て海見て平均台の上 とりかぶと足の先まで化粧する
尾道の瓦屋根から春の猫 キリストの背骨の見えて春の風
亀鳴くと洗う石鹸箱の底 おぼろ夜は水平線となる鎖骨
時の日の森と歩いていたりけり 木琴の夢のつづきのおぼろ月
手に取って見し竹生島夏料理 にわとりとしゃがんで話す黄落期
永久のごとく潜水服と扇風機 枯野に木の椅子ミサの始まりぬ
秋の日や「船ですネー」「エー女房です」 銀杏散る母を愛したバイオリン
映画観にゆく気半分千布団 動脈を鳴らしまっすぐ来る野分
冬暁貸したままなる父・梯子 夭折の骨片を撒く夕花野
                                   
   ★横山 冬都 (千葉)  ★若林 千尋 (新神戸)
日の丸を掲げたる日の羽抜鶏 雪起こし髪腥くなりにけり
先を行く人の捨てたるさくら貝 悪妻もおたまじゃくしも尾が生えて
大学をはみだしている花南瓜 体温のシーツ銀河と妻の距離
バラの束解いてビィナス横たわる 妻と寝て妻の形の真葛原
生くるとは難し天竺牡丹散る 夫呑んで舟虫になる途中なり
ちちははの墓と泰山木の花 夜濯ぎのついでに妻は我産めり
大揚羽舞う空っぽのオフィス街 愛妻という地袋や朝曇り
雪の日となり証人の席につく 畳紙をはみ出す妻よ風の盆
裸木のうしろの無声映画館 妻に背の昼の花野も見飽きたり
ある時は母のかたちに白鳥来 竹皮を脱いでたちまち聖女かな


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