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摩耶だより(各集巻頭句) 

令和2年6月号   岡部 榮一 

 暮れ初むる一乃舟入水温む     橘髙 辰男

 
 京都の高瀬川である。慶長年間に角倉了以が鴨川の水を引き入れて開いた運河である。舟入は高瀬舟の荷物のあげおろしをする船溜所である。高瀬川に数箇所ある舟入の中で運河の起点の木屋町にある舟入のことを一乃舟入と言う。京都の中心部に物資を運び入れるための運河は時代と共にその役目を終えた。高瀬舟の舟底が平らなのは運河を行き来するに最適な形なのである。その浅い川の水も温んでいるのである。



 春風に土偶よ口を開かれよ     古澤 かおる
                           
  土偶は最狭義では縄文時代に日本列島でつくられた人形の土人形を指す。特に有名なのは大きな眼鏡をかけたような「遮光器土偶」であろう。祭器として作られたようであるが女性を形作ったものと言われている。採集、狩猟民族であった縄文人が農耕の弥生人と時代が替わったのはいまだに解明されていない。
さて、祈りや呪詛から解き放たれて土偶に口を開いてくださいと願っている。柔らかい春の風が吹いているから微笑んでくださいと願っているのである。
 

 現はれし無数の笑顔しゃぼん玉    中島 好光 
                      
 麦藁のストローでしゃぼん玉を吹いていた頃の笑顔であろう。勿論、自分で石鹸水を作って吹いていたのである。今のシャボン玉のように一度吹けば沢山のシャボン玉が飛び出すようなものではない。子供が吹いているシャボン玉を見ていてふと現れた無数の笑顔であろう。春愁の手前である。


 春ともし夜遊びせよと誘ひをる   金子 和夫
                         
 下戸の作者ではあるが酒場に行かないことはないのである。誘われれば酒の席にも同行するようである。酒を飲む人の傍らでコーラーやウーロン茶を飲むようである。勿論、料金は人数で割るから酒を飲まない作者は摘みをいくら食べても割り勘負けをするのである。
それでも春の灯火に誘われてうずうずするのである。


 菩提寺の一文字写経春浅し     井上 知子    
        
 一文字写経は葉書に好きないい文字を書いて寺に納経料を添えて送る写経である。震災で流された宮城県山元町の曹洞宗徳泉寺が元の場所に再建する浄財になったようである。互助の精神は今年の新型コロナにも負けずに発揮されたようである。半面人を排除しようとするのは間違いである。

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