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摩耶だより(各集巻頭句) 
2017年11月号      岡部 榮一 

 脳死論ころんと落とす枇杷の種     柴崎 ゆき子

 
 脳死とは脳全体のすべての機能が非可逆的に停止した状態。臓器移植などの医療技術の進歩に伴って問題化、脳死を即個体の死と見なし得るか否かについて、日本では意見が完全には一致していない。厚生省の脳死判定基準はあるものの、脳死を「個体死」とする旨を法律に明記していない。 脳死の問題は各国でも意見がばらばらで世界的に統一されていない。脳が死ねば肺呼吸停止、心臓停止、に至るが人工的に維持する装置の開発でさらに脳死が複雑になっているようだ。
 さて、枇杷を食べながら脳の死すなわちすべての意識、記憶、感情、痛みなどを無くして機械的に生かされることに話が弾んだのであろう。
はてさて作者は脳死状態になったとき人工的に身体が生かされることを何と感じたのであろうか。そんなとき食べていた枇杷の種を落としたのである。艶々とした枇杷の種がますます混沌を招いたようである。




 関帝廟の長き線香油照        宮下 久美子
                           
  関帝廟は三国の蜀漢の武将、関羽字は雲長、諡は忠義侯。劉備、張飛と義兄弟の約を結ぶ。後世軍神、財神として各地に祀られる。日本の関帝廟は華僑によって建立されている。最も大きいのは横浜の関帝廟ではないかと思われる。中国の線香はかなり長くて大きい。廟の柱などはほとんどが赤く塗装されている中国では赤は魔除けの色なのである。油照りも頷ける赤である。
 神戸山手通の関帝廟は神戸の人でも知っている人は少ないように思う。同様に山手のイスラムのモスクもである。国際都市神戸ならではの歴史である。

 

 絢爛として夏蝶にまぎれなし       鈴木 あきを 
                      
 夏蝶と言えば代表格は黒揚羽蝶である。形も大きいが漆黒の羽が鮮やかである。春の紋白蝶や紋黄蝶は形もあまり大きくはない。秋のシジミチョウはもっと小型である。揚羽蝶も種類は多く鮮やかな青色の蝶や綺麗な模様の蝶もいるが、里山を歩いているときなどに黒揚羽などに会うと心惹かれるものがある。夏のギラギラした日差しの中を飛ぶ漆黒の黒揚羽はまさに絢爛としたまぎれのない存在感である。




 梅干して三日三晩の卒寿かな     齊藤 京子
                         
 梅干しやらっきょ漬けは伝統的な農家の知恵で沢庵なども含めてなくてはならない保存食であった。祖母から母へ母から娘に家庭のレシピとして伝えられてきたものである。漁師の家でも保存食の魚の干物づくりはやはり家庭の味として継承されてきたようだ。
 梅干しは塩漬けにした梅を梅酢から引き揚げて三日三晩土用干しにすることで最後の仕上げとする。土用の日差しに丁寧に当てることにより内部の水分の減少と表面の雑菌が死んで保存が容易になるからである。
 卒寿ながら健康で雀百までなのである。



 東渡成す不撓の和上扶桑咲く      黒木めい子    
        
 唐招提寺を建立した鑑真和上である。来朝に十二年の歳月を要し五度目にやっと大和に入った唐の僧である。その困難な渡海のために失明もしている。それまで大和に授戒伝律の師がいなかったことを受け要請したものである。不撓の和上とはまさに鑑真である。
 扶桑はブッソウゲの別称である。中国で、東海の日の出るところにあるという神木を指すがその地の称でもあり日本の異称でもある。意味が勝ちすぎる句だがよく考えられている


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